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お茶の間は見た

有名人10人の人生と遺言書について、事務所のサイトに10本のシリーズ記事を書いた。

10人もいれば、人生いろいろである。

生涯独身で、猫をこよなく愛した向田邦子さん。再婚した小林亜星さん。長く別居しながら、とうとう離婚しなかった樹木希林さん。

吉行淳之介さんには、法律上の妻とは別に、長年連れ添った女性がいた。高倉健さんは、晩年、お世話になった女性を養女に迎えた。

ヨットや無人島まで所有していた森繁久彌さんは、結局、遺言書を書かなかった。

白洲次郎さんと正子さんの夫婦も、なかなか個性的だった。八代亜紀さんは離婚を経て、自分の財産の行き先を考えた。中山美穂さんの人生は、あまりにも突然に終わった。

結婚した人、離婚した人、結婚しなかった人。遺言書を書いた人、書かなかった人。

そして、最後に取り上げたのが市原悦子さんだった。

10人の中で、市原さんの人生は、いちばん静かなものに見える。

若いころに演出家の塩見哲さんと結婚し、半世紀以上をともに過ごした。

50年近く暮らしたマンションには、ご主人の書斎があり、仕事仲間も集まった。

2014年にご主人が亡くなると、市原さんは身の回りの整理を進めた。土地や仕事場を手放し、写真も減らした。

理想は、リヤカーひとつで引っ越しができる暮らしだったという。

マンションは、遺言によって妹さんに遺されたと報じられている。

市原さん自身は、ご主人の隣に用意した樹木葬のお墓に眠った。

もちろん、女優としての人生にはさまざまな出来事があっただろう。それでも家庭生活をたどる限り、ほかの9人に比べて、ずいぶん穏やかな印象を受ける。

ところが、この市原悦子さんといえば、あの『家政婦は見た!』である。

市原さんが演じた石崎秋子は、派遣先の家庭で、次から次へと秘密を目撃する。

しかも、派遣先はなぜか名門一家や大資産家ばかり。

名門女子大学の学長に認知症の症状が現れると、家族はそれを隠そうとし、大学の後継者や遺産をめぐって争い始める。

別の家庭では、遺産争いのさなかに、愛人の娘を名乗る女性まで現れる。

いやはや、すさまじい。

財産、名誉、愛人、隠し子。立派なお屋敷の中では、欲望が渦巻いている。

そんな家庭の内情を、石崎秋子はあの独特の表情で覗いていた。

ところで、大沢家政婦紹介所の所長を演じた野村昭子さんは、私の中学・高校の大先輩である。

もともとは薬剤師で、東京大学医学部附属病院に勤めていた。ところが演劇に魅せられ、女優になると言い出した。

父親から「鏡に自分の顔を10分間映してみなさい」と諭されると、本当に10分間眺めた末に、「女優になります」と答えたという。

なんとも愉快な人である。

あの家政婦紹介所の所長さんにも、こんな人生があったのだ。

『家政婦は見た!』は、長年にわたる人気シリーズだった。

普段は立ち入れない裕福な家庭の内側で、次々と明らかになる秘密。人間の欲望というのは、どうしてこうも面白いのだろう。

ましてや、テレビのこちら側は安全である。

大資産家の遺産争いも、名門一家の後継者争いも、自分の家で起きているわけではない。

お茶でも飲みながら、「まあ、たいへん」と眺めていればよい。

けれども、お茶の間でドラマを楽しんでいた人たちにも、それぞれの人生がある。

平穏な暮らしを送っていた人もいれば、ドラマ顔負けの騒動に巻き込まれた人もいただろう。

昨日までは何事もなかったのに、突然、人生が大きく変わることだってある。

それに、ドラマに登場するような巨額の財産はなくても、親が亡くなれば相続が始まる。夫婦の一方が亡くなれば、残された人の暮らしは変わる。

家族の死も、相続も、お金持ちだけのものではない。

あちら側の世界を面白がっていた私たちも、案外、同じような出来事の中で生きているのである。

10人の有名人のシリーズを書き終えて、あらためて思う。

人生とは、実にさまざまなものだ。

ヨットや無人島を所有した人もいれば、リヤカーひとつで引っ越せる暮らしを理想とした人もいる。

家族の形も、財産の遺し方も、人それぞれ。

そして、市原悦子さんの傍らにいた野村昭子さんにも、ひとつの人生があった。

『家政婦は見た!』を楽しんでいたお茶の間の人々にも、それぞれの人生がある。

テレビの向こう側にも、こちら側にも。

人の数だけ、人生がある。

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