「大切なお手続きをお任せいただきありがとうございました」
いま、ペン習字教室で練習している文章である。
相続税の申告を終えたお客様にお送りするお礼状の文面を、先生にお手本として書いていただいた。
そのお手本を見ていて、ふと気になるところがあった。
「手続き」の「続」である。
糸偏の形が、私の知っているものと違う。
学校で習った糸偏は、漢字の「糸」によく似た形をしている。ところが先生のお手本では、下の部分が三つの点になっていた。
崩し字だろうか。
先生が席を回ってきたときに尋ねてみた。
すると、糸偏には、楷書でも複数の書き方があるのだという。どちらも昔からある書き方で、間違いではない。ただ、学校ではそのうちの一つを標準として教えている。
「こっちで書くと、大人っぽい字になります」
先生はそうおっしゃった。
なるほど。学校で習った字が間違っているわけではない。しかし、それだけが正しいわけでもなかったのだ。
そもそも、私はお礼状を書くためだけにペン習字を習っているわけではない。先生のきれいな字をそっくりに写せるようになりたいという気持ちはあるけれど、それ以上に、何十年も書いてきた文字に、まだ知らないことがあるのが面白い。
短いお礼状なのに、なかなか先へ進まない。前回は宛名の「様」に引っかかり、今回は「続」である。
考えてみれば、私の仕事には糸偏の漢字がやたらと登場する。
人と人との「縁」や「絆」。書類を「綴じる」のも、糸偏の「綴」である。「紐」もまた糸偏だ。
公的な書類には、今でも綴じ紐で束ねるよう指定されることがある。もっとも、めったに出番がないので、余った綴じ紐は今も事務所の引き出しの奥に眠っている。
今ではホッチキスを使うことがほとんどだが、書類を開いて、また閉じるという仕事は変わらない。
そして「相続」の「続」であり、「手続き」の「続」。
相続税理士として、毎日のように使っている文字なのに、知らない書き方があった。しかも右側には「売」がある。商売をしている身としては、なんだかできすぎた字である。
それにしても、「大人っぽい字」とは何だろう。
大人になれば、自然に大人っぽい字が書けるようになるわけではない。学校で習った書き方を、そのまま何十年も使い続けることだってできる。
学校で習わないことは、ほかにもたくさんある。
相続もそうだ。学校ではほとんど習わず、当事者になって初めて向き合う、きわめて大人っぽい手続きである。
だから「はじめての相続」だの「相続入門」だのという本が必要になる。立派な大人でも、相続については一年生なのである。
私は相続の世界では教える側にいるけれど、ペン習字教室では、相続の「続」を教わっている。
先生のお手本にあった、もう一つの糸偏。
次に「続」を書くときは、そちらを使ってみようと思う。
大人になって久しいのに、まだ大人っぽくなる余地があったのである。
