相続税理士として独立開業していると、税金の計算ばかりしているわけにはいかない。お客さんに自分の事務所を見つけてもらうための工夫も必要になる。
そこで私は、事務所のウェブサイトに「有名人の遺言」というシリーズを設けることにした。
取り上げるのは10人。誰について書けば読んでもらえるだろうか。人選にあたっては、マーケット調査もした。少なくとも、したつもりだった。
そのとき発見したのが、樹木希林マーケットである。
樹木希林さんが亡くなったのは2018年。それから何年も経つというのに、彼女の言葉を集めた本が売れ続けている。『一切なりゆき 樹木希林のことば』はミリオンセラーになり、関連書籍も次々に刊行された。
これはすごい。樹木希林さんの人生には、相続税理士として取り上げる材料もある。生前から身辺を整理し、老いや死について率直に語り、自分の人生の始末を自分でつけようとした人だ。
10人の候補者の中では、樹木希林さんが一番有望だと思った。
そこで書いたのが、「樹木希林、終活の完成形」という記事である。樹木希林さんの生き方を振り返り、終活の見事さを紹介する。巨大なマーケットに向けて、満を持して記事を投入した。
ところが、シーンとしていた。
中山美穂さんや八代亜紀さんの記事のほうが、ずっとよく読まれた。
中山美穂さんの記事などは、息子さんの相続放棄をめぐる話題が広がったとき、突然アクセスが増えた。週刊誌から取材の依頼まで来た。どんな雑誌だろうと思って調べてみて、私はそっとお断りした。
こちらが有望だと思った記事には人が来ず、予想外の記事に人が集まる。
市場を見つけることと、市場に見つけてもらうことは違うらしい。
それにしても、樹木希林マーケットへの参入は、なぜ失敗したのだろう。
考えてみれば、私の記事は樹木希林さんの人生を「終活の完成形」としてなぞり、その見事さを褒めているだけだった。樹木希林さんの言葉を読みたい人は、樹木希林さん自身の言葉を読めばいい。税理士に「立派ですね」と言ってもらう必要はない。
それに、私はそもそも樹木希林マーケットの優良顧客ではなかった。
晩年の樹木希林さんは、私には少々ご立派すぎるのである。老いを受け入れる。死を受け入れる。執着を手放す。なるほど、と思う。けれども、そういう人生訓を何冊も買って読みたいとは思わない。
では、私が面白いと思う樹木希林さんは、どこにいるのだろう。
改めて彼女の人生を振り返ってみると、人生訓とは別のところに、妙なことがいくつもある。
例えば、着物。樹木希林さんは、古い着物を継ぎ当てたり、仕立て直したりして着ることを好んだ。傷んだから捨てるのではない。手元にあるものに手を加えて、また使う。
一方で、自分の芸名は売ってしまった。かつて「悠木千帆」という芸名で活動していた樹木希林さんは、1977年、テレビ番組のオークション企画で、その名前を売りに出した。
芸名というのは、普通、俳優が大切に守るものだろう。それを売ってしまう。
古い着物は捨てず、芸名は売る。何を残し、何を手放すかについて、この人には独特の基準があったらしい。
そして、もっと不思議なのが、内田裕也さんとの婚姻関係である。
二人は長年別居していた。それでも樹木希林さんは離婚せず、自分が亡くなるまで法律上の妻であり続けた。
本人は、夫の存在を自分にとっての「重し」と表現していた。
重し。
愛情とか信頼とか、夫婦の絆とか、そういう言葉ではない。重しというのは、何かが浮き上がったり、飛んでいったりしないように載せておくものだ。
夫をそんなふうに使うのか、と私は思った。
しかも、税理士としては、別のことも頭をよぎる。
配偶者というのは、単なる人間関係ではない。法律上の地位である。相続が起きれば、配偶者には相続権があり、相続税にも大きな税額軽減が用意されている。
もちろん、樹木希林さんが税金のことを考えて婚姻関係を維持したという話ではない。ただ、配偶者という札には、感情とは別の効力も備わっている。
着物は継ぎ当て、芸名は売った。しかし、配偶者という札だけは、終生握り続けた。
そこには、人生の達人という言葉だけでは片づけられない、ちょっとした怖さがある。
こうした樹木希林さんの姿を眺めているうちに、はるか昔、文化人類学の授業で習った言葉を思い出した。ブリコラージュ。
フランスの人類学者レヴィ=ストロースが論じた概念で、手元にある材料を使い、組み合わせ、転用しながら何かを作り上げる営みをいう。その担い手がブリコルールである。
最初に理想の完成図を描き、そのために必要な材料を一からそろえるのではない。すでに手元にあるものを使う。
樹木希林さんは、ブリコルールだったのではないか。
何もかも手放して自由になった人ではなかった。むしろ、手持ちの札をあれこれ工夫して使いながら、ある札には強くこだわり続けた人だった。
私は最初、樹木希林さんを「終活の完成形」として紹介した。けれども、彼女の人生は、あらかじめ用意された完成図に向かって進むものではなかったのかもしれない。
ところで、樹木希林さんといえば、忘れられないテレビCMがある。1980年のフジカラープリントのCMだ。
写真店の店員を演じる岸本加世子さんが言う。
「美しい人はより美しく、そうでない方はそれなりに」
樹木希林さんは、「そうでない方」の役だった。
もともとの台詞は「美しい人はより美しく、美しくない方も美しく」で、それを「それなりに」に変えるよう提案したのは、樹木希林さん自身だったという。
