さっき、「トイレ構文」という記事を書きました。
税務署から届く御案内の文章が、公共トイレの貼り紙に似ているというところから始まった記事です。
書いているうちに、「申告漏れ」と「尿漏れ」が似ていることに気づきました。
おや、どちらも漏れる。
さらに「脱税」と「脱糞」も発見しました。
おお、こっちも「脱」だ。
私はだんだん嬉しくなってきました。
申告漏れと尿漏れ。脱税と脱糞。
単なる言葉遊びのようにも見えます。
でも、考えているうちに、税金にも排泄物にも、決められた経路があることに気づきました。
そこから外れると、問題になる。
あれ。
言葉が似ているだけじゃないぞ。
どうやら、仕組みにも似たところがある。
いよいよ嬉しくなってきました。
大学に入ったばかりのころ、教養課程の文化人類学の授業で、先生からこんな話を聞きました。
爪は、指についているあいだは汚いものではありません。
髪の毛も、頭に生えているあいだは、別に汚いとは思いません。
ところが、爪は切り落とした途端に、髪は抜け落ちた途端に、汚いものになってしまいます。
同じものなのに、どうしてでしょう。
私はこの話が、たいへん面白いと思いました。
文化人類学には、メアリー・ダグラスという人がいます。
『汚穢と禁忌』という本を書いた人です。
汚れとは、もの自体の性質だけで決まるのではなく、それがどこにあるか、どのような秩序の中に置かれているかによっても決まる。
今思えば、先生のお話も、ダグラスの考え方を踏まえたものだったのでしょう。
私は、こんなふうに人間の当たり前を不思議がる学問があるのかと、すっかり面白くなってしまいました。
そして、経済学部へ進学するのをやめて、文化人類学を学ぶことにしました。
それから何十年もたちました。
いま私は、相続税を専門にする税理士です。
市民プールへ泳ぎに行ったときのことです。
入口で警備員さんから、脱糞があったため一時休業していると告げられました。
トイレで排泄するのは、当たり前のことです。
でも、同じものが市民プールの水の中に紛れ込んだ途端、プールは使えなくなってしまいます。
あっ。
これ、爪と髪の毛の話じゃないか。
大学1年生のときに面白いと思ったことを、私は何十年もたって、また面白がっているのでした。
大学院までいったのに、私は研究者にはなりませんでした。
別の仕事をいくつか経験して、相続専門の税理士になりました。
仕事をしていると、いろいろなものに出会います。
税務署の文書。相続税の申告書。戸籍謄本。銀行の残高証明書。お客様の話。
どれも税理士にとっては、ごくありふれたものです。
でも、じっと見ていると、ときどき妙なところに引っかかります。
あれ。
これ、何かに似ているぞ。
そうして考え始めると、思いがけないところまで連れていかれることがあります。
研究者にはならなかったけれど、人間のすることを不思議がる癖は、どうやらずっと残っていたようです。
そして税理士になったおかげで、今度は税金という、たいへん面白いものを観察できるようになりました。
さっきは、税金とうんこの共通点まで見つけてしまいました。
こんな発見ができるとは。
いやあ、税理士になってよかった。

