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着想は着丼する

最近、私は何かに取り憑かれたように文章を書いている。

少し前に、税理士事務所のサイトとは別に、エッセイサイトを作った。

税理士事務所にも載せられるものは、そちらにも載せる。そうでないものは、エッセイサイトに載せる。

書いたものの行き先が二つになった。

それにしても、書きすぎである。

税理士事務所のサイトだけでも、一日に三本も記事を公開する日がある。

これを見たお客さんに、

「この税理士、仕事をしているのだろうか」

と思われないだろうか。

少し心配になる。

仕事はしている。

それどころか、不思議なことに、これだけ記事を書いている最近のほうが、仕事もかなり進んでいる。

記事も進む。

仕事も進む。

いったい何が起きているのか。

どうも私は最近、常時、着丼しているらしい。

「着丼」というのは、ラーメンなどが出来上がって、目の前に置かれることである。

私の場合、着想も着丼する。

たとえば先日、タックス・タクちゃんという東京都の税務キャラクターについて記事を書いた。

タックス・タクちゃんには、のうぜい・ノンちゃんという恋人がいる。

私は以前から、この設定が面白いと思っていた。

なぜ、友達でも仲間でもなく「恋人」なのだろう。

問いもあった。

でも、それだけでは一本の記事にならなかった。

その少し前、別の記事を書いていて、税務署の文書にある「日頃から税務行政にご理解・ご協力いただきありがとうございます」というような文言を眺めていた。

どこかで見たことがある。

「いつもトイレをきれいにお使いいただきありがとうございます」。

公共トイレである。

そして翌日、自転車で事務所へ向かっていた。

税務行政の「ありがとうございます」。

公共トイレの「ありがとうございます」。

タックス・タクちゃんとのうぜい・ノンちゃんの恋人設定。

それまで別々だったものが、突然つながった。

あ、これだ。

着丼した。

着想は、何もないところから突然降ってくるものではないらしい。

面白いと思って取っておいたもの。

仕事で見たもの。

前に考えたけれど、まだ一本にはならなかったもの。

そういう材料が頭の中のどこかに貯まっている。

そこへ別の何かが加わったとき、

「これで一本書ける」

という形になって、突然、目の前に置かれる。

昔からあった材料に、書く順番が巡ってくる。

それが私にとっての着丼である。

最近はサドルもいらない

少し前まで、私は、

「着丼するとき、たいてい自転車に乗っている」

と思っていた。

ラーメン屋で着丼を待つなら、椅子に座っている。

私の場合、その椅子が自転車のサドルなのだ。

なかなかうまいことを思いついた、と気に入っていた。

ところが最近、事情が変わった。

サドルに乗っていなくても着丼する。

仕事をしていても着丼する。

AIと話していても着丼する。

というより、常時着丼している。

どうも最近は、サドルに乗って着丼を待つ必要すらなくなったらしい。

着丼したあと

もっとも、着丼した時点で、記事が完成しているわけではない。

目の前に置かれるのは、「これで一本書ける」という形である。

そこから少し手を入れる。

麺をほぐす。

胡椒を振る。

酢を足す。

この具はこっちの丼ではないな、と取り出す。

いわば卓上調理である。

文章なら、AIと話す。調べる。書いてみる。削る。別の記事へ移す。

AIが最初から最後まで記事を書いてくれる、というのとは少し違う。

むしろ、

「違う違う」

と言っている時間もかなり長い。

それでも、思いついた瞬間に話し始められる相手がいることで、着丼してから文章になるまでの距離は、ずいぶん短くなった。

しかも卓上調理なら、まとまった時間はいらない。

仕事の途中に五分空けば、麺くらいはほぐせる。

デスクトップでAIが実務をしているあいだに、別の画面で着丼したものについて話す。

実務のほうが戻ってきたら、また仕事をする。

そうしているうちに、仕事も進み、記事も進む。

昔は書けなかった

ところが、昔は記事を書くのが大変だった。

集客のために、税金についての記事を書かなければと思っていた。

なかなか書けないので、その種の記事を得意とする人に相談したこともある。

専門家が書く記事は、どうしても似たようなものになる。

だから新しい制度ができたら、ほかの人より早く、ほかの人より詳しく書く。

そんな趣旨のことを言われた。

げー、と思った。

新しい制度が出る。

号砲が鳴る。

税理士が一斉に走り出す。

誰がいちばん早く、いちばん詳しい記事を書くか。

私はその競走に参加したくなかった。

集客のために書かなければならなかったころは、あんなに書けなかった。

今は、誰にも頼まれていないのに書いている。

しかも、一日に何本も。

書くと、また着丼する

以前は、書くというのは、頭の中にあるものを文章にする作業だと思っていた。

最近は少し違う。

一つの記事を書いていると、その途中で別のことに気づく。

昔見たものを思い出す。

「あの話とこれ、つながるんじゃないか」

と思う。

すると、まだ書き終わってもいないのに、次の一杯が着丼する。

着丼したから書いているだけではない。

書くこと自体が、次の着丼を呼んでいるのである。

十個ネタがあって、一個書いたら九個になる。

普通なら、そうなるはずである。

ならない。

十二個くらいになる。

今書いているものは、いわゆる集客記事ではない。

これを読んだ人が税理士事務所に来てくれるのかも、よくわからない。

来てくれたら、もちろんうれしい。

商売人なのである。

しかし、その結果がわかるより先に、また着丼する。

次から次へと着丼するので、こちらもどんどんさばいていかなければならない。

一本書けば、一つ減ると思っていた。

減らない。

書いているそばから、また着丼する。

仕方がない。

麺が伸びる前に、書くのである。

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