三通のメール
相続税申告について、オンラインでの初回無料面談の申し込みがあった。
事情はなかなか複雑そうだった。メールを三通やり取りしたのだが、どうにも相手の人物像が結ばれない。
一通読むたびに、別の人が書いているような気がするのだ。
最後の一通は、妙に丁寧だった。ひょっとすると、AIに手伝ってもらったのかもしれない。
もっとも、メールだけで人柄がわかるとは限らない。
最後のメールには、いくつもの資料が添付されていた。
私は資料の送付をお願いしていない。
時間があれば見てほしい、という。
時間がなければ見なくてもいいのだろう。
しかし、送られてくると気になる。
対面の面談なら、必要な資料を指定して、当日持ってきてもらう。ところがオンラインの面談では、ときどき、こちらが頼んでもいない資料が先に届く。
送るのは一瞬だが、読むのには時間がかかる。
結局、私は資料を読むことにした。
物語が立ち上がる
面談は夕方だった。
準備を始めたのは当日。送られてきた資料は多く、税務上の論点も盛りだくさんに見えた。
これは時間がかかりそうだ。
昼食を済ませると、すぐに取りかかった。
数字を確認し、税務上の論点を調べる。読み進めるほど、確かめたいことが増えていく。
どうやら、面談開始までかかりそうだ。
書類の中に見覚えのある会社の名前が出てきた。
あれ、ここは知っている。
かつて仕事で縁のあった会社だった。こんなところで再会するとは。
別の書類には、私もよく利用する金融機関の支店があった。
企業年金の資料を見て、昔の友人の顔が浮かんだ。そういえば、あの人もこの会社に勤めていた。将来、こんなに年金をもらうのだろうか。
ちょっとうらやましい。
もちろん、感心している場合ではない。面談の時間は迫っている。
税務上の論点を確かめているはずが、故人の人生を想像したり、自分の昔のことを思い出したりしている。
書類を読むというのは、なかなか忙しい。
相続税申告の仕事では、こういうことがある。
最初は「被相続人〇〇〇〇」でしかなかった人が、資料を読み込み、調べていくうちに、一人の具体的な人間として姿を現してくる。
私は、その過程が好きなのだ。
いつもなら、相続税申告の仕事を引き受けてからのことである。
今回は、まだ仕事を引き受けてもいない。
それなのに、この人はもう、書類から抜け出しかけていた。
そうしているうちに、三時間が過ぎた。
五分で幕が下りる
オンライン面談が始まった。
画面の向こうには、相談者と同席者がいた。主に話すのは同席者で、相談者本人のことは、やはりよくわからない。
私は資料を読んで、聞いてみたいことがいくつもあった。
しかし、まずは料金の説明をすることになった。
料金の目安を伝えると、先方は依頼が難しそうだという反応を示した。そして、こちらの時間をこれ以上取るのは申し訳ないという趣旨のことを言って、面談を切り上げようとした。
開始から、まだ五分ほどだった。
五分。
私は三時間かけて準備してきた。
こちらは物語の第一章を読み始めたところなのに、向こうはもう本を閉じようとしている。
いや、向こうにしてみれば、そもそも物語を読んでもらうつもりなどなかったのだろう。
まだ面談の時間は残っていたので、質問があればどうぞと伝えた。
それからもう少し話をしたが、結局、依頼には至らなかった。
預からなかった物語
無料のオンライン面談なら、相談者は気軽に税理士と話すことができる。
料金を聞いて、合わなければ別の税理士を探せばいい。
一方、私は面談が始まる前に、三時間も資料を読んでいた。
もっとも、三時間もかけたのは、誰かに命じられたからではない。
資料を読み始めたら、いろいろなことが気になってしまったのだ。
ただ、相続税申告を引き受ければ、相談者とは長いお付き合いになる。
三通のメールを読んでも、相談者がどんな人なのかつかめなかった。オンライン面談では、同席者がほとんど話していて、ご本人の声を聞く機会もほとんどなかった。
もちろん、最初の印象が当たっているとは限らない。
それでも、どんな人なのかよくわからない相談者と、少なくとも数か月はかかる仕事を始めることには、少しためらいがあった。
一方、会ったこともない亡くなった人のほうは、書類を読むうちに、少しずつその姿が見えてきていた。
この方は、どんな人生を送ってきたのだろう。
もっと知りたい。
でも、どうやらこの物語の続きは読めそうにない。
まだ預かってもいない物語だったのに、私はその続きを、少し楽しみにしていたらしい。
とはいえ、こういうことが続くと、仕事にならない。
私は事務所サイトを開き、初回無料の面談の案内に、そっと一言を書き加えた。
「オンライン面談は、ご来所が難しい場合に限ります」

