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税金があるとき、ないとき

税理士会の定期総会で退屈していた私は、いつの間にか、うんこ広場の中にいた。

前回は、そんなところで話が終わった。

財務省と文響社が共同で制作した「うんこ税金ドリル」。2021年11月に公開されたこの教材は、多くの反響を呼んだという。そこで財務省は、2023年2月に第二弾「税金があるときないとき編」を公開した。

しかも、ゲーム版まである。

うんこ広場には、まだ遊ぶところが残っていたのだ。

せっかくなので、遊んでみることにした。

税金のおかげで、すっきり

最初の問題は、学校のトイレだった。

税金があるときは、きれいなトイレ。税金がないときは、便器にうんこがたまっている。

税金があるおかげで、学校のトイレを気持ちよく使うことができる。うんこをしたあとも、すっきりする。

なるほど。

しかし、ちょっと待ってほしい。

トイレが清潔に管理されていることと、うんこをしてすっきりすることは、厳密には別の話ではないだろうか。

清潔なトイレなら安心して用を足せる。それは確かだ。しかし、排泄したあとのすっきりした気分まで、税金のおかげということになるのだろうか。

なかなか大胆な教材である。

あるとき、ないとき

ゲームを進めると、税金がある町と、税金がない町が登場する。

税金がある町では、道路が整備され、公共施設が利用できる。

税金がない町では、道路が割れ、ゴミが放置され、公共サービスが失われている。

二つの町を見比べながら、税金の役割を学ぶ仕組みだ。

私は以前、小学生を対象とする租税教室で講師を務めたことがある。

そのときに使った教材にも、よく似た仕掛けがあった。

「ヤマトとマリン」というアニメである。

妖精に案内された子どもたちが、税金のない世界を訪れる。そこでは、普段当たり前に利用している公共サービスが失われている。

税金がない世界を見せることで、税金がある世界のありがたさを教える。

租税教育では、こういう方法が好まれるらしい。

それにしても、「あるとき・ないとき」。

どこかで聞いたことがある。

そうだ。551蓬莱の豚まんである。

豚まんがあるとき、ないとき

551蓬莱には、「あるとき・ないとき」という有名なCMがある。

豚まんがあるとき、人々はにこにこしている。元気いっぱいで、周囲まで明るくなる。

ところが、豚まんがないときは、みんなしょんぼりしてしまう。

まるで、この世の楽しみがすべて失われたかのようである。

私は551蓬莱の豚まんが大好きだ。

両親は関西出身だが、私は関東で育った。そのため、このCMを子どものころに見たことはなかった。

「あるとき・ないとき」というCMがあることは聞いていたので、興味を持ってYoutubeで見てみたことがある。

あまりの落差に笑ってしまった。

私にとって、551蓬莱の豚まんがないのは、ごく普通の日常である。毎日あのように落ち込んでいたら、身がもたない。

しかし、財務省の「税金があるときないとき編」を眺めていて、気がついた。

これは、551蓬莱のCMと同じ仕組みではないか。

税金があるとき、町は明るい。

税金がないとき、町は暗い。

豚まんがあるとき、人々は明るい。

豚まんがないとき、人々は暗い。

税金も豚まんも、あると人々を幸せにするらしい。

うんこは豚まんに似ている

ゲームを続けているうちに、もう一つ気になることが出てきた。

うんこワールドの住人たちである。

黄色くて、丸くて、ふっくらしている。

頭の上には、くるりと巻いたような曲線がある。

横から眺めていると、どうにも豚まんに似ている。

あの、ふっくらと蒸し上がった生地。上のほうに寄せられたひだ。丸みを帯びた輪郭。

色もいい。

もし茶色だったら、私は豚まんを思い浮かべなかっただろう。

しかし、うんこワールドの住人たちは黄色い。どことなく、温かくて柔らかそうなのである。

そういえば、ゲームの中には、棒グラフを指して「うんこ型だ!」という選択肢まで登場する。

棒グラフを捕まえて、うんこ型とは。

もっとも、ここでいう「うんこ型」は、現実のうんこの形ではない。

漫画などでおなじみの、あの巻きぐその形である。

いつの間にか、絵に描かれたうんこのほうが、「うんこの形」の代表になっているらしい。

考えてみれば、棒グラフをうんこ型と呼ぶのも、なかなか自由な見立てである。

うんこドリル自身が、身の回りのものをうんこに見立てて遊んでいるのだ。

だったら、私がうんこを豚まんに見立てても、いいではないか。

うんこドリルと私は、いつの間にか共犯になっていた。

それにしても、うんこは不思議なものだ。

本来は、汚くて、臭くて、できれば早く流してしまいたいものである。

ところが、うんこワールドでは、うんこは子どもたちに愛されるキャラクターになっている。

目があり、口があり、笑顔まである。

しかも、ふっくらしていて、どことなくおいしそうだ。

もしかすると、うんこは愛されるキャラクターになる過程で、本来の姿から少しずつ離れ、豚まんのような、おいしくてみんなが大好きなものの姿に近づいていったのではないだろうか。

豚まんは、食べたいもの。

うんこは、出したいもの。

身体の入口と出口にある、正反対のものなのに、形の上では妙に接近している。

そんなことを考えていると、画面の中のうんこが、ますます豚まんに見えてくる。

困ったことである。

たいへんよくできました

そうこうしているうちに、ゲームは終わりに近づいた。

税金について学ぶことが、みんなの明るい未来につながるのだという。

私は最後まで問題を解いた。

すると、うんこ先生が「たいへんよくできました」のスタンプを押してくれた。

小学校で先生から返してもらったプリントを思い出す。

私は税理士なので、税金については多少の知識がある。それでも、先生に褒められるのは悪い気がしない。

しかも、ご褒美まであるという。

金色のうんこだった。

思えば、最初の問題では、便器にたまったうんこは困った存在だった。

税金がなければ、うんこがたまってしまう。だから税金は大切なのだと教えられた。

ところが最後には、うんこがご褒美になっている。

うんこ広場を出た私は、無性に豚まんが食べたくなった。