相続税の申告期限は、亡くなってから十か月です。
財産を調べ、相続人を確かめ、どう分けるかを話し合い、申告する。そのための時間として、十か月が用意されています。
けれど、一つの相続が終わらないうちに、次の相続が始まることがあります。
遺産分割協議がまとまる前に、相続人のどなたかが亡くなる。
日本語には、そのための言葉があります。
数次相続。
名前がついているということは、それほどめずらしいことではない、ということでもあります。
数次相続が起きると、手続きが一つ増えるだけではありません。
話し合う相手そのものが変わります。
亡くなった方が持っていた相続人としての立場は、その方の相続人へと引き継がれ、新しく始まった相続には、また別の十か月が走り始めます。
そして、数次相続は、一度起きたらそれで終わるとは限りません。
さらに相続が重なり、相続人としての立場が一人に集まってしまうと、最初の相続について遺産分割協議ができなくなることがあります。
少し前までなら選べたはずの分け方を、もう選ぶことができない。
それは、分け方だけの問題ではありません。
相続税には、配偶者の税額軽減のように、誰がどの財産を受け取るかによって適用が決まる特例があります。
分け方を選べなくなることで、その分け方を前提に使えたはずの特例も使えなくなり、税負担が大きく変わることがあります。
選べたはずのものが、選べなくなる。
そして、その影響は税額にも及びます。
だから、相続の仕事で見ているのは、申告期限だけではありません。
財産を調べる時間も、考える時間も、ご家族が話し合う時間も必要です。
必要な時間を省いて、早く終わらせればいいとは思っていません。
けれど、ときには、その傍らでもうひとつの時計が進んでいます。
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相続人の方がご高齢であったり、病気を抱えておられたりすると、その年齢や病状についての統計を調べることがあります。
もちろん、統計はただの統計です。
一人の方に、あとどれくらいの時間があるのかを教えてくれるものではありません。
それでも、数字を見ずにはいられないことがあります。
厳しい暑さや寒さが続けば、あの方は大丈夫だろうか、と天気予報が気になることもあります。
けれど、人の時間は、注意深く見ていればわかるものでもありません。
気にかけていた方が変わらず日々を重ねておられる一方で、思いもしなかった方が突然亡くなることもあります。
どのような順番で相続が起きるのかは、誰にもわかりません。
だからこそ、必要な時間はきちんとかけながら、その時点で整えられるものを整えていく。
できるだけ選択肢を失わないために、何を、どの順番で進めるべきかを考えます。
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先日、ある相続で、遺産分割協議がぎりぎりのところでまとまり、申告を終えることができました。
協議が思うように動かないまま、季節だけが進んでいきました。
暑い日が続くたびに、私は、ある方の体調を案じていました。
申告書を提出したあと、しばらく力が抜けたようになっていました。
その日の夜、この相続のことを振り返っていて、ふと思いました。
この相続で、いちばん大きな役割を果たしてくださったのは、私ではなかったのかもしれない。
その方の時間を気にかけていたのは、そのとき初めてではありません。
けれど、申告を終えて振り返ったとき、その時間がこの相続にとってどれほど大きな意味を持っていたのかに、改めて気づきました。
この相続で選択肢を失わずに済んだのは、その方が、遺産分割協議がまとまるまでお元気でいてくださったからでした。
もしその前に、さらに相続が重なっていたら、選べたはずの分け方を選ぶことも、それを前提に使えるはずだった特例を使うこともできず、税負担は大きく変わっていたはずです。
その方は、今も変わらず日々を重ねておられます。
何か特別なことをしていただいた、という意味ではありません。
ただ、その方が生きていてくださる時間のなかで、遺産分割協議をまとめ、必要な手続きを終えることができました。
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相続の仕事は、書類と数字でできているように見えます。
期限を数え、財産を評価し、税額を計算する仕事です。
けれど、その向こうで動いているのは、いつも、生きている人の時間です。
法律の時計は、十か月を正確に刻みます。
もうひとつの時計は、文字盤も目盛りも見せてくれません。
それでも、その時計が動いていることを忘れずに、私は相続の仕事をしています。

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