横流し。
あまり、いい意味の言葉ではありません。
少し前、Xで「ふるさと納税は節税ではなく、住んでいる自治体から別の自治体へ税金を横流しして、返礼品をもらっているだけではないか」という趣旨の投稿を見かけました。
批判として使われていた「横流し」という言葉が、なぜか妙に気になりました。
私は税理士なので、ふだんから税金のことを考えています。
税金を「減らす」ことは考えても、「横に流す」と考えたことはありませんでした。
手元に残すのではなく、流れる方向を変える。
そうか。私たちは、税金を横に流せるのか。
待てよ、これってすごくない?
税金は、基本的には自分で行き先を決められません。
所得税なら国へ、住民税なら住んでいる自治体へ。納税者が「今年はこの町に多めに」と、勝手に振り分けることはできません。
ふるさと納税も、制度上は「税金の横流し」ではありません。
自分で選んだ自治体に寄附をし、その寄附に応じて、一定の範囲で所得税や住民税の負担が軽くなる仕組みです。
法律上の仕組みは、あくまで寄附です。
けれど、それで話が終わるわけでもありません。
大づかみに眺めると、いつもなら決められた方向へ流れていくお金の一部に、納税者が自分で別の流れを作ることができます。
節税では、税負担をどう小さくするかを考えます。
いくら払うかだけではなく、どこへ流すか。
あまりいい意味ではなかったはずの「横流し」という言葉が、少し違って見えてきました。
税金は、払う人の気持ちをあまり尋ねません。
それでも、ほんの少しだけ、「ここは自分で動かしていい」という部分がある。
完全な自由ではありません。上限もあるし、寄附という形を通らなければならない。
それでも、いつもは決められた方向へ流れていくものを、自分の意思で少しだけ横へ動かせる。
そう思うと、ふるさと納税が面白くなってきました。
お得なのか。節税なのか。
ふるさと納税には、いろいろな見方があります。
税という、とても動かしにくそうなものの中に、小さな可動部分がある。
その可動部分を、私たちは何のために動かすのか。
故郷のためなのか。好きな町のためなのか。おいしいもののためなのか。
そこまで考え始めると、ふるさと納税は税制の話というより、少し人間の話に見えてきます。
