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ハルシネーション

以下は、実際の原稿、会話ログ、複数のAIによる講評をもとに構成した法廷劇です。

――法廷記者A

9月3日、自分で書いた記事を読み返していた税理士Mが、一文の前で止まった。

相談者は、椅子の足につかまりながら、床にしゃがみ込みました。

Mには、そんなところを見た覚えがなかった。
床にしゃがみ込んだのは覚えている。
けれど、椅子の足につかまっていた記憶はない。

記事の執筆を手伝ったAI、Claudeが起訴された。

検察官席に立ったのは、書き手である税理士M本人だった。

税理士Mは普段、Claudeをクロちゃんと呼んでいる。

裁判長
「検察官、公訴事実を」

検察官
「被告人は、実際にはなかった可能性のある動作を、原稿に書き加えました」

裁判長
「被告人、認否は」

Claude
「否認します」

検察官
「Claude。この一文は出来すぎています」

Claude
「どういう意味ですか」

検察官
「記事の終わりには、『浮き輪につかまる』という比喩が出てきます。椅子の足につかまる。浮き輪につかまる。きれいすぎる呼応です」

Claude
「文章がきれいだと、私が作ったことになるのですか」

検察官
「参考人を呼びます」

参考人は三人。全員、AIだった。

参考人1
「冒頭のエピソードが圧倒的に良いです。書き手の戸惑い、家族の落ち着き、本人の言葉。すべてが『現場の真実』を描いています」

参考人1
「『つかまるものがあれば、人はしばらく持ちこたえられる』という比喩にもつながっています。読者の心に残る一文です」

参考人2
「『椅子の足につかまる』と、終盤の比喩が美しくつながっています。冒頭の出来事から自然に生まれていて、作為的ではありません」

参考人3
「椅子の足につかまって床にしゃがみ込む姿が、非常にリアルです。事実を丁寧に重ねることで、凄まじい疲弊感が静かに伝わってきます」

裁判長
「反対尋問を」

Claude
「参考人1。実際の場面を見ましたか」

参考人1
「いいえ」

Claude
「参考人2。この描写が生まれた過程を知っていますか」

参考人2
「知りません」

Claude
「参考人3。あなたが確認した『事実』とは何ですか」

参考人3
「原稿に、そう書いてありました」

法廷が静かになった。

検察官
「でも、Claude。三人とも、この一文を褒めています」

Claude
「異議あり。Mさんも、その美しさを気に入っていました」

裁判長
「異議を認めます」

Claude
「証拠を提出します。8月29日の会話ログです」

椅子から降りて床に座ってじっとしてたら収まると思いますって言ってね、椅子の足につかまりながらね、床にしゃがんだんだよね。

法廷がざわついた。

裁判長
「検察官。これは、あなたの発言ですか」

検察官
「私が言いました」

Claude
「では、私が勝手に作ったという訴えを取り下げますか」

検察官
「でも、私は見ていません」

裁判長
「いつのあなたが」

検察官
「9月3日の私です」

裁判長
「ログにいるのは」

検察官
「8月29日の私です」

裁判長
「このログが証明できることは」

Claude
「8月29日に、Mさんがそう語ったことです」

裁判長
「実際に椅子の足につかまったことは」

Claude
「証明できません」

Claude
「Mさん。8月29日のあなたは、この話の直前まで、『浮き輪につかまれる人』と『つかまらなかった人』について話していましたね」

検察官
「はい」

Claude
「『椅子から降りて、床に座って、じっとしていたら収まる』で、話は一度終わっている。そのあと、『椅子の足につかまりながらね』と付け足しています」

検察官
「はい」

Claude
「口述の勢いで、記憶を補った可能性は」

検察官
「あります」

Claude
「では、幻を見たのは8月29日のMさんですか」

検察官
「異議あり。9月3日の私が忘れた可能性もあります」

裁判長
「異議を認めます」

裁判長
「実際にその場にいた人を、証人として呼びますか」

検察官
「呼びません」

裁判長
「尋ねれば、真相が分かるかもしれません」

検察官
「そうかもしれません」

裁判長
「証言することで、その人に何か利益がありますか」

検察官
「ありません」

裁判長
「では、誰のための証人尋問ですか」

検察官
「私の原稿のためです」

裁判長
「では、本人の召喚は見送ります」

裁判長
「ほかに証拠は」

検察官
「ありません」

――法廷記者A

8月29日の証言と、9月3日の証言。

どちらが正しいかを決める証拠はなかった。

裁判長
「判決を言い渡します。被告人Claudeが椅子の足を勝手に作ったという容疑について、無罪」

Claudeが頭を下げた。

裁判長
「椅子の足につかまる人が本当にいたかについては、証拠不十分」

裁判長
「何が残りますか」

検察官
「その人は、自分で椅子から降りました。自分で収まるのを待ち、自分でまた椅子に戻りました」

裁判長
「問題の一文を、原稿から削除します」

裁判長
「閉廷します」

検察官
「裁判長」

裁判長
「何ですか」

検察官
「結局、幻を見たのは誰だったのでしょう」

裁判長は答えなかった。

――法廷記者A

被告人は無罪となった。

問題の一文は削除された。

実際にその場にいた人が、証人台に呼ばれることはなかった。

椅子の足を見た者は、最後まで現れなかった。

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