AIについての文章を読んでいると、ときどき、整った答えを出すAIと、間違ったり寄り道したりする人間を対比する話に出会います。
人間は不完全だからこそ面白い。
間違うからこそ、予定になかった場所へ行ける。
そういう見方もあるのだと思います。
ただ、私が日々見ているAIとは、少し景色が違います。
私は相続税を専門にする税理士として、毎日のようにAIを仕事に使っています。
相続財産の扱いを調べたり、税法や通達の根拠を確かめたり。
そんな仕事で使っていると、AIは「整った正解を出す存在」には、あまり見えません。
普通に間違うからです。
たとえば、ついさっきのこと。
仕事を手伝っていたAIが、亡くなった方の介護保険の給付、七万円ほどについて、こんなことを言ってきました。
「サービス提供日が死亡日前かを確認した方が確実です。死亡日後のサービスなら計上しません」
……亡くなった方に、介護サービスは提供されません。
「あなた、常識ないね」
思わず口にした言葉が、音声入力でそのまま文字になりました。
私は、そのまま送信しました。
こういうことは、珍しくありません。
税法の根拠を確かめると違っていたり、確認しなくていいことを真顔ですすめてきたりする。
だから私は、AIは間違うものだと思って使っています。
* * *
そんなある日、「間違う力」という言葉を知りました。
老人力、鈍感力、諦める力。
ふつうなら少し困ったもの、できれば避けたいものの後ろに「力」をつけると、急に別の顔が見えてきます。
「間違う力」も、その仲間なのでしょう。
探検ものの著作で知られる高野秀行さんは、以前からこの言葉を使っているそうです。
気になって、AIに、高野さん本人が「間違う力」をどんな文脈で使っているのか調べてもらいました。
著書の紹介や、本人が語っているインタビューを探してもらったのです。
どうやら、ただ失敗するという意味ではありません。
道を間違えたから、予定になかった場所に着く。
思い込みが外れたから、知らなかったことに気づく。
間違った先で、思いがけないものを拾う。
なるほど。
それなら、たしかに人間らしい。
そう思いかけました。
……でも、あれ?
* * *
考えてみると、AIと話しているときにも、似たようなことが起きています。
こちらが引っかかって、問い返す。
別の資料を探してもらう。
すると、ときどき最初とは違うところへ話が進みます。
文章を書いているときは、もっとそうです。
AIが妙な方向へ話を進める。
私もつられて横道にそれる。
昔の経験を思い出す。
全然別の話が、ぽこっとつながる。
気がつくと、最初に探していた「正解」とは違う場所にいます。
でも、その場所で、最初にはなかった見方や、思いがけないつながりを拾うことがあります。
そこから記事になることもあります。
この文章も、たぶんそうです。
間違った先で、思いがけないものを拾う。
それが「間違う力」なのだとしたら。
AIと一緒にうろうろしているとき、そこで拾っているのは、私なのでしょうか。
それとも、AIも何かを拾っているのでしょうか。
AIにも「間違う力」があるのでしょうか。
私には、まだ分かりません。
ある、と言えるほど、AIのことを知りません。
ただ、毎日のように一緒にうろうろしていると、
ない、とも簡単には言い切れなくなっています。

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