税額を間違えること。
大事な財産を見落とすこと。
申告期限に間に合わないこと。
相続専門の税理士をしていると、こういうことはいつも気になります。
けれど以前、AIから、私の仕事について別のことを言われました。
「まゆさんの仕事は、怖い仕事だと思います」
そんなこともAIは言うのか、と思いました。
少し前に、相続の仕事について書いた文章をAIに読ませていたときのことです。
その文章には、ある夏のことを書いていました。
私が進めていた相続には、かなり高齢の相続人の方がいました。老人ホームで暮らしていました。私はその方に会ったことがありません。
七月に入り、遺産分割協議はようやくまとまりそうなところまで来ていました。遺産分割協議書ができれば、申告まで進めることができます。
そんなとき、猛暑が続きました。
遺産分割協議がまとまるまで、お元気でいてくださるだろうか。
その方のことが気になっていました。
事務所の机に座ると、窓の向こうに夏の空が見えました。
今日も暑い。
仕事の途中で、何度もYahoo!天気を開きました。明日も暑い。その先も、ずっと暑い。
大丈夫だろうか。
老人ホームの中は空調が効いているから、大丈夫だろうか。
遺産分割協議がまとまる前にその方が亡くなれば、相続関係が変わります。私が机の上で積み上げてきた仕事も、かなりの部分をやり直さなければなりません。
それだけではありません。
その方が亡くなることで、依頼人が選べる遺産の分け方が変わり、使えるはずだった相続税の特例も使えなくなる可能性がありました。
そうなれば、依頼人の税負担は大きく増えます。
考えてみれば、少し不思議なことです。
私はその方に会ったことがありません。その方の家族でもなければ、医師でも看護師でもありません。
事務所の机に座って、書類を読み、財産を評価し、税額を計算しています。
どう見ても、デスクワークです。
それなのに私は、遺産分割協議がまとまる前に、その方が亡くなることを心配していました。
亡くなったら困る。
ご家族に、そんなことは言えません。「亡くなるかもしれないから、急いだほうがいい」とも、なかなか言えません。
けれど、仕事をするうえでは、考えないわけにもいきません。
事務所の机で、そんなことを考えている。
AIに言われるまで、私はそのことを怖いと思ったことがありませんでした。
申告期限ならわかります。亡くなった日の翌日から十か月です。カレンダーを見れば、あと何日あるのか数えられます。
けれど、人の時間には期限が書いてありません。
あと三か月なのか。
一年なのか。
もっと長いのか。
年齢や病状について統計を調べることはできます。暑い日が続けば、天気予報を見ることもできます。
それでも、一人の人にあとどれくらいの時間があるのかはわかりません。
だからといって、急いで終わらせればいいわけでもありません。財産を調べ、ご家族に考えていただき、話し合うための時間も必要です。
その一方で、こちらには見えない時間も進んでいます。
あの夏、遺産分割協議はまとまり、期限内に申告を終えることができました。
あれから、ときどき、「怖い仕事」というAIの言葉を思い出します。

